ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

淡路人形浄瑠璃

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年4月6日更新

淡路人形浄瑠璃(あわじにんぎょうじょうるり)

 淡路人形の起源については、室町時代末に西宮の戎神社に仕えていた百太夫という傀儡師(人形遣い)が、この地に訪れ地元の人に伝えたとの説が有力です。
 江戸時代には、阿波藩主蜂須賀氏の庇護を受け、最盛期の江戸中期には40以上の人形座があり、全国を巡業し発展しました。明治時代になると新しい芸能に人気を奪われ衰退しましたが、伝統芸能を見直す気運の高まりとともに、喜怒哀楽を情緒豊かに表現する舞台芸術が内外ともに高く評価され、昭和51年に国指定重要無形民俗文化財に指定されています。

淡路人形浄瑠璃「傾城阿波鳴門巡礼歌の段」
淡路人形浄瑠璃「傾城阿波鳴門巡礼歌の段」