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淡路人形浄瑠璃(あわじにんぎょうじょうるり)

更新日:2021年7月1日更新印刷ページ表示
外題「玉藻前曦袂 三段目 道春館の段」
御祝儀 戎舞

区分

国指定

分類

民俗文化財

種別

無形民俗文化財

指定年月日

昭和51年5月4日

所有者及び管理者

公益財団法人淡路人形協会

所在地

南あわじ市福良甲1528-1地先(淡路人形浄瑠璃館)

時代または年代

室町時代後期

備考

毎週水曜日、年末を除く毎日淡路人形座で公演

内容

  淡路人形(あわじにんぎょう) の 起源(きげん) については、 室町時代後期(むろまちじだいこうき) に 西宮神社(にしのみやじんじゃ) に 仕(つか) えていた 百太夫(ひゃくだゆう) という 傀儡師(くぐつし) ( 人形遣(にんぎょうつか) い)が、この 地(ち) を 訪(おとず) れ 地元(じもと) の 人(ひと) に 伝(つた) えたとの 説(せつ) が 有力(ゆうりょく) です。 江戸時代(えどじだい) には、 徳島藩主(とくしまはんしゅ) 蜂須賀氏(はちすかし) の 庇護(ひご) を 受(う) け、 最盛期(さいせいき) の 江戸時代中期(えどじだいちゅうき) には40 以上(いじょう) の 人形座(にんぎょうざ) があり、 全国(ぜんこく) を 巡業(じゅんぎょう) し 発展(はってん) しました。 明治時代(めいじじだい) になると 新(あたら) しい 芸能(げいのう) に 人気(にんき) を 奪(うば) われ 衰退(すいたい) しましたが、 伝統芸能(でんとうげいのう) を 見直(みなお) す 気運(きうん) の 高(たか) まりとともに、 喜怒哀楽(きどあいらく) を 情緒豊(じょうちょゆた) かに 表現(ひょうげん) する 舞台芸術(ぶたいげいじゅつ) が 国内外(こくないがい) ともに 高(たか) く 評価(ひょうか) されています。