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勝算元妙和尚墨跡「関」(かん)

更新日:2021年7月1日更新印刷ページ表示
一字関の横は「直透萬重関 不住青霄裡」と書かれている。

区分

市指定

分類

有形文化財

種別

書跡

指定年月日

平成11年11月13日

所有者及び管理者

国清禅寺

所在地

南あわじ市松帆西路689(玉青館)

時代または年代

江戸時代【享保7年(1722)】

内容

 この 墨蹟(ぼくせき) は、 享保(きょうほう) 7 年(ねん) (1722)の 冬(ふゆ) に 大坂(おおさか) から 宝州和尚(ほうしゅうおしょう) を 招(まね) いて 国清禅寺(こくせいぜんじ) を 開山(かいざん) した 勝算和尚(しょうざんおしょう) が、60 歳(さい) の 時(とき) に 書(か) いたものです。この 年(とし) 、 萬福寺(まんぷくじ) 宝蔵院(ほうぞういん) ( 宇治市(うじし) 五ヶ庄(ごかしょう) )の 住職(じゅうしょく) から 瑞龍寺(ずいりゅうじ) ( 大阪市(おおさかし) 浪速区(なにわく) ) 第(だい) 6 代(だい) の 住職(じゅうしょく) となったため「 瑞龍勝算(ずいりゅうしょうざん) 」と 署名(しょめい) しています。 内容(ないよう) は、「 師(し) の 教(おし) えをことごとく 知(し) ったが、その 澄(す) み 切(き) った 大空(おおぞら) のような 境地(きょうち) にもとどまらないで、さらに 高(たか) い 境地(きょうち) を 目指(めざ) していく。」という 意(い) です。この 書(しょ) は、 国清禅寺(こくせいぜんじ) が 所蔵(しょぞう) する 勝算(しょうざん) の 墨蹟(ぼくせき) として、 保存状態(ほぞんじょうたい) も 良好(りょうこう) で 重要(じゅうよう) です。