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錫杖頭(しゃくじょうとう)

更新日:2021年7月1日更新印刷ページ表示
錫杖頭
永和二二戌午が彫られている

区分

市指定

分類

有形文化財

種別

工芸品

指定年月日

平成元年3月14日

所有者及び管理者

寶光寺

所在地

南あわじ市志知飯山寺297

時代または年代

南北朝時代【永和4年(1378)】

備考

大きさ:長さ19センチメートル、重さ400グラム

内容

  錫杖(しゃくじょう) は、 僧(そう) が 各地(かくち) を 巡(めぐ) り 歩(ある) いて 修行(しゅぎょう) するときにたずさえ、 邪悪(じゃあく) なものを 避(さ) けるために 鳴(な) らしたり、 托鉢(たくはつ) の 時(とき) 、 来訪(らいほう) を 告(つ) げるために 用(もち) いました。この 杖(つえ) の 先(さき) につけるのが 錫杖頭(しゃくじょうとう) で 遊鐶(ゆうかん) というリングが 本体(ほんたい) に 当(あ) たることで 音(おと) が 出(で) ます。
  寶光寺(ほうこうじ) にあるこの 錫杖頭(しゃくじょうとう) は、 遊鐶(ゆうかん) が2 個(こ) 付(つ) いています。 軸(じく) の 部分(ぶぶん) には「 飯山寺弘鑁(さんはんじこうばん) 」、「 永和二二戊午年(えいわにじゅうにつのえうまねん) ( 永和(えいわ) 4 年(ねん) のこと)」の 紀年銘(きねんめい) が 刻(きざ) まれていることから、 飯山寺(さんはんじ) に 住(じゅう) していた 南北朝時代(なんぼくちょうじだい) の 醍醐寺(だいごじ) ( 京都市(きょうとし) 伏見区(ふしみく) )の 僧(そう) 、 弘鑁(こうばん) が17 才(さい) の 時(とき) に 持(も) っていたものであろうと 伝(つた) えられています。 飯山寺(さんはんじ) とはその 昔(むかし) 、 志知(しち) 飯山寺(さんはんじ) 地域(ちいき) に 存在(そんざい) していた 寺院(じいん) で、 寶光坊(ほうこうぼう) ( 現在(げんざい) の 寶光寺(ほうこうじ) )、 勝藏坊(しょうぞうぼう) 、 如意坊(にょいぼう) 、 池ノ坊(いけのぼう) 、 勝義坊(しょうぎぼう) 、 圓満坊(えんまんぼう) 、 荒神坊(こうじんぼう) 、 大坊(だいぼう) の 八(やっ) つの 塔頭寺院(たっちゅうじいん) によって 構成(こうせい) されていました。