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本文

袈裟襷文銅鐸 附 銅鐸舌(けさだすきもんどうたく つけたり どうたくぜつ)

更新日:2021年7月1日更新印刷ページ表示
袈裟襷状の模様の青銅製の銅鐸(A面)と銅鐸を鳴らすための舌
袈裟襷状の模様の青銅製の銅鐸(B面)と銅鐸

区分

国指定

分類

有形文化財

種別

考古資料

指定年月日

昭和28年11月14日

所有者及び管理者

日光寺

所在地

南あわじ市松帆櫟田196

時代または年代

弥生時代

備考

三原郡松帆村大字笥飯野出土
大きさ:高さ22センチメートル、重さ1.1キログラム、舌の長さ12センチメートル
素材:青銅

内容

  日光寺(にっこうじ) の 銅鐸(どうたく) は、 貞享(じょうきょう) 3 年(ねん) (1686)に、 慶野村(けいのむら) ( 南(みなみ) あわじ 市(し) 松帆(まつほ) 慶野(けいの) )の「 中(なか) の 御堂(みどう) 」から 出土(しゅつど) した8 個(こ) の 銅鐸(どうたく) のうちの1 個(こ) だといわれています。 日光寺(にっこうじ) には『 寶鐸御届寫(ほうたくおんとどけうつし) 』という 古文書(こもんじょ) が 残(のこ) っており、この 中(なか) で 銅鐸(どうたく) 8 個(こ) が 発見(はっけん) されたことが 記(しる) され、 庄屋(しょうや) と 2人(ふたり) の 五人組(ごにんぐみ) の 連名(れんめい) で、 徳島藩役所(とくしまはんやくしょ) に 出土(しゅつど) の 報告(ほうこく) がされたようです。
 この 銅鐸(どうたく) は「 舌(ぜつ) (注)」という 青銅製(せいどうせい) の 棒(ぼう) を 伴(ともな) っています。これは、 舌(ぜつ) で 銅鐸(どうたく) をならしていたことを 知(し) るうえで、とても 貴重(きちょう) な 資料(しりょう) です。 青銅製(せいどうせい) の 舌(ぜつ) を 伴(ともな) った 銅鐸(どうたく) は、 平成(へいせい) 27 年(ねん) (2015)4 月(がつ) に 見(み) つかった 松帆銅鐸(まつほどうたく) の 例(れい) も 含(ふく) め 今(いま) のところ 全国(ぜんこく) で3 例(れい) しかありません。

 

舌(ぜつ) … 銅鐸(どうたく) を 鳴(な) らすための 青銅製(せいどうせい) の 棒(ぼう) 。