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銅鐸出土地「中の御堂」(どうたくしゅつどち「なかのみどう」)

更新日:2021年7月1日更新印刷ページ表示
中の御堂跡
『寶鐸御届寫』

区分

県指定

分類

記念物

種別

史跡・遺跡

指定年月日

昭和46年4月1日

所有者及び管理者

日光寺

所在地

南あわじ市松帆慶野552-2

内容

 ここは「 岡(おか) の 御堂(みどう) 」「 北(きた) の 御堂(みどう) 」とともに、もと 日光寺(にっこうじ) の 仏堂(ぶつどう) があった 所(ところ) と 伝(つた) えられています。 日光寺(にっこうじ) には、 同寺所蔵(どうてらしょぞう) の 銅鐸発見(どうたくはっけん) の 事情(じじょう) を 伝(つた) える『 寶鐸御届寫(ほうたくおんとどけうつし) 』と 題(だい) する 古文書(こもんじょ) があり、 貞享(じょうきょう) 3 年(ねん) (1686)5 月(がつ) 20日(はつか) の 出水(しゅっすい) により、この 地(ち) あたりから8 個(こ) の「 婦里(ふうり) んと 屋(や) ら 唐金(からがね) ノ 鋳物(いもの) 」が 出土(しゅつど) したと 記(しる) されています。 全国的(ぜんこくてき) に 見(み) ても 銅鐸(どうたく) の 貴重(きちょう) な 多数同時出土例(たすうどうじしゅつどれい) であり、『 寶鐸御届寫(ほうたくおんとどけうつし) 』も 現存(げんぞん) することから、 保存措置(ほぞんそち) を 講(こう) じる 必要(ひつよう) がある 重要地点(じゅうようちてん) です。