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八幡神社本殿及び拝殿(はちまんじんじゃほんでんおよびはいでん)

更新日:2021年7月1日更新印刷ページ表示
賀集八幡神社本殿
賀集八幡神社拝殿

区分

県指定

分類

有形文化財

種別

建造物

指定年月日

令和49年3月22日

所有者及び管理者

賀集八幡神社

所在地

南あわじ市賀集八幡734

時代または年代

江戸時代初期【寛永8年(1631)】

備考

寛永8年(1631)本殿再建棟札

内容

  賀集八幡神社(かしゅうはちまんじんじゃ) の 本殿(ほんでん) は、 現存(げんぞん) する 棟札(むなふだ) から 寛永(かんえい) 8 年(ねん) (1631)に 徳島藩主(とくしまはんしゅ) 蜂須賀氏(はちすかし) によって 建(た) てられたことがわかっています。 建築様式(けんちくようしき) は 和様(わよう) を 基調(きちょう) として、それに 唐様(とうよう) を 混様(こんよう) にした 建物(たてもの) ですが 全体(ぜんたい) としての 調和(ちょうわ) をよく 保(たも) っています。 蟇股(かえるまた) (注1)や 脇障子欄間(わきしょうじらんま) の 彫刻(ちょうこく) 、 向拝(こうはい) (注2)の 手挟(たばさ) み(注3) 等(など) 細部(さいぶ) の 手法(しゅほう) にも 江戸時代初期(えどじだいしょき) の 特徴(とくちょう) がよく 表(あらわ) れています。 拝殿(はいでん) は 本殿(ほんでん) に 続(つづ) いて 造営(ぞうえい) された 一連(いちれん) の 建築(けんちく) と 見(み) られています。 内部(ないぶ) を 柱列(ちゅうれつ) で 三分(さんぶん) し、 中央間(ちゅうおうかん) を 除(のぞ) き 四周(よんしゅう) を 腰羽目板張(こしはめいたば) り(注4)とした 構成(こうせい) は 広峰神社(ひろみねじんじゃ) ( 姫路市(ひめじし) 広嶺山(ひろみねやま) ) 拝殿(はいでん) に 通(つう) ずるものがあります。

 

注1  蟇股(かえるまた) … 社寺建築(しゃじけんちく) で 荷重(かじゅう) を 支(ささ) えるための 部材(ぶざい) 。
注2  向拝(こうはい) … 御拝(ごはい) ともいう。 社寺(しゃじ) の 堂(どう) や 社殿(しゃでん) の 正面階段上(しょうめんかいだんうえ) にふきおろしの 屋根(やね) 、ひさしをつけたところ。ここで 参詣者(さんけいしゃ) が 礼拝(れいはい) する。
注3  手挟(たばさ) み… 向拝柱(こうはいばしら) の 斗栱(ときょう) ( 主(おも) に 柱上(ちゅうじょう) にあって 深(ふか) い 軒(のき) を 支(ささ) える 部材(ぶざい) )と 垂木(たるき) との 間(あいだ) に 取(と) り 付(つ) けられた 板(いた) 。
注4  腰羽目板張(こしはめいたば) り… 壁(かべ) の 腰(こし) の 部分(ぶぶん) に 板(いた) を 平(たい) らに 張(は) ったもの。 1m 程度(ていど) の 高(たか) さのものが 多(おお) い。