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十二神将立像 附岩座(じゅうにしんしょうりゅうぞう つけたりいわざ)

更新日:2024年1月22日更新印刷ページ表示
十二神将岩座

区分

市指定

分類

有形文化財

種別

彫刻

指定年月日

令和5年(2023年)2月20日

所有者及び管理者

栄福寺

所在地

南あわじ市榎列掃守1068

時代または年代

室町時代

備考

神将立像 12躯・岩座 2基
大きさ:神将立像 高さ18.4~20.5センチ
    岩座 高さ47センチ
材質:神将立像本体 木造 
   光背・宝冠・持物 銅製鍍金  
   岩座 木造

内容

 この十二神将 (じゅうにしんしょう)(注1)立像 (りゅうぞう)は、本尊薬師如来 (ほんぞんやくしにょらい)の両脇 (りょうわき)に据 (す)えられた2基 (き)の岩座 (いわざ)に安置 (あんち)されています。各像 (かくぞう)は鍍金 (めっき)された宝冠 (ほうかん)や光背 (こうはい)を付 (つ)けており、天衣 (てんい)は足元 (あしもと)の岩 (いわ)と一体 (いったい)となるよう彫 (ほ)られ、透 (す)かした足元 (あしもと)に長 (なが)く天衣 (てんい)が伸 (の)びるのは作例 (さくれい)が少 (すく)ない技法 (ぎほう)です。現在 (げんざい)の拭漆 (ふきうるし)(注2)は近世 (きんせい)になされたもので、製作当初 (せいさくとうしょ)は彩色 (さいしょく)されていたと考 (かんが)えられます。


注1 十二神将 (じゅうにしんしょう)…薬師如来 (やくしにょらい)に仕 (つか)える12の神々 (かみがみ)で、薬師如来 (やくしにょらい)の12の誓願 (せいがん)に応 (おう)じてあらわれる薬師如来 (やくしにょらい)の分身 (ぶんしん)とされる。守護神 (しゅごしん)の性格 (せいかく)をあらわすために武装 (ぶそう)していて、仏敵 (ぶってき)をおどし、人々 (ひとびと)の悪 (わる)い心 (こころ)に対 (たい)して激 (はげ)しく怒 (おこ)っている。「十二 (じゅうに)」ということで干支 (えと)と結 (むす)びつき、頭部 (とうぶ)に十二支 (じゅうにし)の標識 (ひょうしき)を付 (つ)けるのが通例 (つうれい)となったのは平安時代末(へいあんじだいまつ)(12世紀 (せいき))からで、干支 (えと)の動物 (どうぶつ)の上 (うえ)に座 (すわ)ったり、頭部 (とうぶ)に干支 (えと)の動物 (どうぶつ)を頂 (いただ)く姿 (すがた)で表現 (ひょうげん)される。ただし、それぞれの神将 (しんしょう)にどの干支 (えと)が対応 (たいおう)するか、尊名 (そんめい)の漢字 (かんじ)や読 (よ)みについては、経典 (きょうてん)によって異 (こと)なる。
注2 拭漆 (ふきうるし)…木地 (きじ)に精製 (せいせい)していない漆 (うるし)を直接 (ちょくせつ)摺 (す)り込 (こ)み、余分 (よぶん)な漆 (うるし)を拭 (ふ)き取 (と)り、乾 (かわ)いたら磨 (みが)く工程 (こうてい)を繰 (く)り返 (かえ)す塗 (ぬ)りの技法 (ぎほう)。