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行者ヶ嶽砲台跡は鳴門要塞の一部として、明治33年(1900年)に完成し、24cmカノン砲が6基配置された。そのうち、旧南淡町時代に道路敷設の際に1基消滅したが、残りの5基の砲座は現在も残っている。そのほかに火具庫(弾薬庫の一種)と思われるレンガ建物、係船場など周辺に残っている。