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2017年6月10日更新
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松帆銅鐸が埋められた日

松帆銅鐸が埋められた年代がわかりました!

松帆銅鐸の内部に付いていた植物の放射性炭素年代測定を行ったところ、松帆銅鐸の埋められた年代がわかりました。

銅鐸の埋められた年代が科学的にわかったのは、初めてのことです!

C14-1    C14-2

あんなのや、こんなのから、いつ埋められたかわかったんです!科学の技術ってすごいですね!

銅鐸の中に付いていた植物は、銅鐸が埋められたときに入ったと思われるので、植物の年代を調べることで、埋められた年代がわかるのです。

分析結果によると、

・4号銅鐸(上の写真2枚)は、紀元前4世紀~紀元前2世紀(約2,400~2,200年前)

・2号銅鐸は、紀元前9世紀~紀元前8世紀(約2,900~2,800年前)と紀元前14世紀~紀元前12世紀(約3,400~3,200年前)

・舌7についていた植物は、紀元前22世紀~紀元前21世紀(約4,200~4,100年前)

のときの植物という結果になりました。

4号銅鐸の結果は、試料の年代がある程度まとまっているので、信頼できる数値だと考えられます。

しかし、2号銅鐸と4号銅鐸は同じときに造られた兄弟銅鐸なのに、かなりの年代差がでてしまいました。

その原因を分析データから検討したところ、2号銅鐸と舌7の採取した試料に含まれた炭素の量が少なかった可能性が出てきました。

これまで青銅器に付いていた植物で年代測定は行われたことがなく、他に比較できるデータがないので、あくまでも可能性です。

本当の答えはさらなる技術の進歩か、植物の付いた青銅器の発見によって、データが蓄積されるのを待たなくてはなりません。

今回の調査で、これまで弥生時代中期末(1世紀前後)と後期末(3世紀前後)の2回に、いっせいに銅鐸は埋められたと考えられていましたが、それより古いときにも埋められていたことがわかりました。

mame  

放射性炭素年代測定とは、C14(カーボンフォーティーン)年代測定ともいいます。

動植物が体内に取り込んだ炭素14の比率は生きている間は一定ですが、死んだあとはこの比率が規則的に下がっていく習性を持っています。

その比率を導き出すことで、死んだあと何年経っているか、つまりいつの年代のものか計測する年代測定の分析方法。